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コカ・コーラ(KO)
Coca-Cola Company
日本時間:2010/03/12 12:31:59更新
53.60 -0.16
(-0.30%)
| 前日終値 | 53.76 | 始値 | 53.78 | |
| 高値 | 53.78 | 安値 | 53.00 | |
| 出来高 | 14577313 | 年間変動 | 39.35 - 59.45 | |
| 時価総額 | 123.6B | 金額の単位 | USドル | |
ザ コカ・コーラ カンパニー(The Coca-Cola Company)は、コカ・コーラをはじめとする清涼飲料水を製造販売するアメリカの企業です。
日本法人は日本コカ・コーラ株式会社です。
19世紀末期のアメリカでは、医者不足から代替医療・殊に自然療法や万能薬が広く庶民に多く受け入れられ、自然療法医や薬剤師は自らの治療法や薬剤の売り込みに躍起になっていました。
その一方で、1867年に人工的な炭酸水の製造法が発明されると、当時は何らかの効能があると思われていた炭酸水を客の注文に応じて調合して飲ませるソーダ・ファウンテンが薬局に併設されるようになりました。
こうして売り出された炭酸水には、当然薬効を謳うものも多く万能薬同様に売り込み競争が激しくなっていきました。
そんな自然療法家の一人に、ジョージア州アトランタを拠点に活動するジョン・S・ペンバートン (John S. Pemberton) がいました。
南北戦争で負傷したペンバートンはモルヒネ中毒になっており、中毒を治すものとして当初注目され始めたコカインを使った薬用酒の開発を思いつきました。
この種の薬用酒には既に類似品が多く出回っていたので、ペンバートンは、ワインにコカインとコーラのエキスを調合したフレンチ・ワイン・コカを精力増強や頭痛の緩和に効果のある薬用酒として1885年から売り出しました。
フレンチ・ワイン・コカは「ドープ(dope=麻薬)」と言う渾名で人気を博したが、やがてコカインの中毒が問題となるとともに、禁酒運動の席巻によりフレンチ・ワイン・コカが売れなくなる恐れが出てきます。
そこでワインに代えて炭酸水の風味付けのシロップとして売り出すことにして、ペンバートンのビジネスに参加した印刷業者のフランク・M・ロビンソンによってコカ・コーラと名づけられました。
このコーラは1886年5月8日に発売されています。
ペンバートンのコカ・コーラはビジネスとして成功したものの、健康を害したペンバートンは早々にその権利をたった1ドルで売却してしまいます。
さらに権利関係の複雑さから、数年間は人から人へと権利が移り、裁判で争いになることもしばしばでした。
結局、コカ・コーラの権利は1888年にエイサ・キャンドラー(後にアトランタ市長)の手に落ち、キャンドラーはペンバートンの息子らと共にコカ・コーラ・カンパニー(以下、コカ・コーラ社)を設立します。
Coca-Colaのロゴ・Delicious and Refreshing(おいしく、さわやか)のキャッチコピーと一杯5セントの大量販売、さらに原液のトレード・シークレットによる機密保護によってキャンドラーのコカ・コーラ社は多くの収益を得ました。
